夢追い人たちのビタースウィート「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル作品と、ジョン・カーニー作品と見比べてみて。

どうもりっちゃんです。前回はアマゾンで見られるジョン・カーニー作品を紹介しました。

今回は「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル作品をご紹介。

夢追い人たちのビタースウィートムービー、「ラ・ラ・ランド」

こちらはアマゾンPrimeで2019.6.28現在吹き替え版が観られます。

名実ともにデイミアン・チャゼルの名を世界に知らしめた作品。

ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンを主演に迎えたこのミュージカル映画は、製作費3,000万ドルに対しておよそ4億5000万ドルの興行収入を記録し、第89回アカデミー賞では『タイタニック』に並ぶ史上最多14ノミネート(13部門)を受け、うち6部門を受賞。デイミアン・チャゼルは、史上最年少となる32歳でアカデミー最優秀監督賞を受賞した。

32歳。。。りっちゃんは今年32歳になります。。。比べるのもおこがましいですが、この歳でこれだけのことをやってのけていらっしゃる。すごすぎます。

こちらの作品、ロマンティックなラブストーリーっぽく紹介されることも多いのですが、りっちゃんはもっとビターな、夢追い人たちの夢を見る素晴らしさと、夢を追うことにつきまとう犠牲のビターさ、そんな大人なビタースイートな作品なんじゃないかなと思います。賛否両論あるラストシーンでそれは如実に出ているかと思います。それなのに甘美でカラフル、鮮やかなミュージカル映画とすることで歌・ダンス・音楽の素晴らしさもあいまってビタースイートさ加減がいい塩梅で表現され、ただ明るく楽しいだけのミュージカル映画に終わらなかったのではないかと思います。

「ラ・ラ・ランド」に隠された過去の名作のオマージュ

特に主人公二人のロマンティックなダンスシーンはかの有名な「雨に唄えば」。王道中の王道です。

こちらもアマゾンPrimedで2019.6.28現在、字幕版が観られます。最近舞台のミュージカルとしても来日しているので知っている人もいるかもしれません。雨の中タップダンスを踊るシーンは今見ても色あせない名作です。

最初の渋滞シーンはデイミアン・チャゼル監督本人がインタビューなどでも言及していましたが、元ネタはなんとミュージカル映画ではなく、今でも根強いファンの多い「フォーリング・ダウン」。こちらはアマゾンではレンタルか販売のみで観られます。

真夏の太陽が照り返すハイウェイでイライラを募らせたマイケル・ダグラス演じる中年男性が狂気を帯び始め、しまいには銃をぶっ放しまくるという随分とやばやばな映画です。この映画からあの素敵なオープニングを思いつくというセンスのかたまりに脱帽です。

そしてなんともカラフルでポップ、レトロさが全編にわたっておしゃれでした。ファッション通な方ならいかにも60年代風とお気づきかと思います。また、男女の愛を引いた視点から客観的に描かれたエンディング。これらはかの名作、ジャック・ドゥミ監督の「シェルブールの雨傘」の影響かと思われます。

各章ごとに「春」「夏」「秋」「冬」と時系列で進める手法も、「シェルブールの雨傘」が「1957年11月」「1958年1月」「1959年3月」「1963年12月」とキャプションを出す演出のオマージュではないでしょうか。

ちなみに「シェルブールの雨傘」の大女優カトリーヌ・ドヌーヴ演じるヒロインの名前はジュヌヴィエーヴですが、ラ・ラ・ランドのヒロインのミアが書いた一人芝居の主役の名前もジュヌヴィエーヴなんです。憎い演出ですね。

そのほかにも探したら色々なオマージュがありそうです。過去の名作に学ぶ姿勢、そしてデイミアン・チャゼル監督の映画や音楽に対する愛を感じます。

ジャズドラマーとしての青春が詰まった映画、「セッション」

音楽家からも映画評論家からも賛否両輪巻き起こった映画ですし、アカデミー賞の作品賞にものミネートされ知っている方も多いかと。

この映画は最近アマゾンで観られなくなってしまいましたが、音楽好きなアナタにはレンタルしても観てほしい作品です。

あらすじはジャズドラムを学ぶため、名門音楽大学に入学した主人公ニーマンと、天才を生み出すため、彼にスパルタ指導を行う鬼教師フレッチャーの対決を描いた物語です。

まずりっちゃんはこの邦題に難癖つけたいです。なぜなら原題こそ、ジャズにとってとても大事な言葉だったからです。

原題は「Whiplash」。Whiplashとは、ジャズの有名な曲名で、たびたび作中で演奏される練習曲の一つでもあるのですが、「whip(~をムチで打つ)」+「lash(激しく打つ)」から意味が転じて「ムチ打ち症」という隠された意味も。
ちなみに「ムチ打ち症」は、首に大きな負荷がかかるドラマーの職業病(日本ではXJAPANのYOSHIKIがたびたびなって首にコルセットしているのが有名)。原題は、高みを目指して練習に打ち込み、激しくドラムを叩き続けるニーマンの姿から、このタイトルになったと考えられます。また、ニーマンに対し、ムチ打つような激しいスパルタ指導を行うフレッチャーの姿も、このタイトルに込められているかもしれず、この一言にたくさんの意味合いが乗せられていると思うのです。

なので、セッションと一言ですまされるのはどうなのかなと。原題のままじゃダメだったのかなと。まあ色々皆様にわかりやすいとかあるんでしょうけれどもね。

この評価がわかれた部分についてはまあわかります。ドラマーの方も本業ではないので、そこについて言及している人もいます。でもりっちゃんは、この青年がこの映画をまるっと見るだけで最初の印象と最後の印象が全然違うんです。きっとこの方自身がこの映画を通してどんどん高みにのぼっていったのではないかと。音楽のライブではないので、演奏家を起用せずに映像表現として演者がわの変化を見せるそのようなスタイルをとったことはこの映画には成功だったと思います。

りっちゃんは音楽をやっていた身として、このラストの9分19秒の息をのむシーンはしびれました。そうそう、音楽って空気を変えるんだよ!言葉、いらないんだよ!と、デイミアン・チャゼル監督の魅せ方にすっかり胸が熱くなりました。

ただ、一般受けするのはやっぱり「ラ・ラ・ランド」かな?と思います。

夢追うことの物悲しさ切なさを描く、デイミアン・チャゼル監督、
夢追うことのあたたかさ熱さを描く、ジョン・カーニー監督

面白いのは、前回紹介したジョン・カーニー監督と今回のデイミアン・チャゼル監督、同じ音楽映画を作っても描き方が全然違うこと。自身が演奏家でもあったという点でも似た二人ですが、夢を追うことの描き方がまるで違います。

デイミアン・チャゼルは一貫して夢を追うこと、成功には犠牲がつきものと描きます。それが普通の恋愛(セッションであっけなく彼女が理不尽にふられる場面が印象的)しかり、家庭しかり。音楽映画ではないので紹介しませんでしたが、デイミアン・チャゼル監督の最新作品「ファースト・マン」では妻や家族に対しての葛藤といった内面にもフォーカスがあたっているそうです。そこが私たちに苦くも甘い切なさとして深い余韻を与えるのではないでしょうか。

逆にジョン・カーニー監督はきっと苦悩も挫折もあったことでしょうが、あくまで音楽を通して仲間が助けてくれたり、家族のちょっとしたぎこちなさや心の傷も音楽を通して寄り添う描き方となっています。切ない映画だったとしても、希望をもってエンディングを迎えられます。夢を見る素晴らしさ、音楽への信頼が一貫して描かれています。

自身の音楽家としての挫折(あるいは苦悩?)が、そのまま音楽への愛憎、切ない想いとして監督作品に反映しているデイミアン・チャゼルと、音楽への信頼や愛を監督作品でまっすぐに屈託なく描いてみせるジョン・カーニー。この二人の作品を見比べても面白いです。

「ラ・ラ・ランド」のヒットで音楽映画も盛り上がってきたこの頃。アラジンも大ヒットしてますね。ちなみにアラジン、素敵でしたよ!!
またアップしようと思いますので、ぜひ覗きにきてくださいね!りっちゃんでした。

 

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