よりみち散歩 #25 御殿山のピアノバー

吉祥寺のピアノ・バー

吉祥寺でピアノ・バーと検索すると、以前書いた野口伊織氏のお店であるサムタイム武蔵野倶楽部がヒットする。ピアノ・バーの定義は定かでは無いが、もしもピアノが置いてある飲食できるお店が当てはまるのであれば、その限りでは無いだろう。ジャズ喫茶の老舗「メグ」や、あまり知られてないであろう「サウンズラボ吉祥寺」も該当すると思う。

しかし今回は、「吉祥寺 ピアノバー」の検索トップに登場する武蔵野倶楽部にフォーカスして物語を進めよう。

勝手にジャズストリート

これまた以前、ジャズの街・吉祥寺というお話を書いた。吉祥寺にはかつてはひしめき合うようにジャズに関するお店があった。マスターが選曲するお聞かせ専門の道場的ジャズ喫茶や、ライトなBGMとしてのファッションジャズ喫茶、さらにはライブハウスがある。だが、夜の井の頭通りを公園側に散策すると面白い通りに目が止まった。まず出迎えたのはジャズのスタンダードナンバーを彷彿とさせるGreen Dolphin St.というバーだ。曲はブロニスラウ・ケイパー作曲のOn Green Dolphin Streetが正式名称である。

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このお店は、大学時代ジャズ研の部長をしていた私にとっては、まだまだ学生気分が抜け出せない社会人なりたての頃に友人と訪れた思い出がある。駅からほど近く、清潔感のあるお店は女性客にも人気のようだ。この看板を少し過ぎると、またもやジャズに由来するお店がある。

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1983年から営業しているもんくすふーずと言うオーガニック食堂がある。英語で言うmonkは僧侶で、それが精進料理よろしく=オーガニックに結びついたのかもしれない。だが最も重要なのはこの髭のおじさんのシルエットである。これまた個性派モダンジャズの巨人セロニアス・モンクに他ならないのである。お店の窓ガラス越しにはピアノを弾く置物がある。

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この姿は故モンクの生前の写真に酷似する。

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さて、このお店のすぐ先に武蔵野倶楽部がある。

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武蔵野倶楽部

ここ、武蔵野倶楽部は私”ヨリミチおじさん”と同じ年に誕生し、30年営業している。こだわりを感じる入口は、一人で入るには少し躊躇するかもしれない。

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入口の前には「映画音楽とジャズピアノ」と銘打っている。

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そして水曜日にはボサノバ・ジャズボーカルも楽しめる様だ。あいにく、この日は火曜日だった。

植物をモチーフにした入口を入るとこだわりの看板が出迎える。

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このすぐ左手に階段があり、2階にお店がある。

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土壁風の小洒落た階段には、店内に掛かっているCDが静かに流れている。階段を登ると、改めて看板が掛けられている。

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このすぐ左にお店の扉がある。それでは早速入ってみることにしよう。

マスターとピアノ

このバーには既に鉄板とも言える設定がある。それは、「謎に包まれた赤いシャツにクロネクタイを着けたマスターがピアノを奏でる」というものだ。これだけでも物語性があるが、なぜかノスタルジーさえも纏っている。亡き博士を嘆く怪物は正しい表現かはわからないが、物寂しさと暖かさが同居している25席の空間がそこにあった。亡き博士を嘆く怪物は無論メアリー・シェリーの小説「フランケンシュタイン」だが、実は”フランケンシュタイン”とは怪物の名前ではなく、怪物を創造した博士の名前である。

前置きが長くなってしまったが、1人で店内に入ると、お約束通り真っ赤なシャツを着たマスターがカウンターに案内してくれた。私はメニューを長め、ギネスのスタウトを注文した。

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カウンターのライトに照らされ、時間をたっぷり使ってビールを頂く。だが、私はすぐに異変に気がついた。ここはただのカウンターではなかったのだ。このカウンター自体がグランドピアノだったのだ。蓋は外され、アクリルの透明テーブルの上でビールを飲んでいたのである。

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年季の入った楽譜立てには、マスターの直筆のノート型の楽譜が置いてある。店内では意外にも、小さめのCDコンポでBGMを流している。おもむろにCDの音が絞られると、マスターがピアノに座って演奏を始めた。

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Facebook武蔵野倶楽部公式サイトより

曲目はアラジンの「Whole New World」をピアノだけで、ビートルズの「Yesterday」は弾き語りであった。最後にIn The Moodをラグタイム風に演奏する。どの曲もピアノソロを間に挟むモダンジャズの構成で、結構難しいアレンジをしている。やはりピアノの生音の方が音が大きく、CDといい差別化が感じられる。

当然だが、私の着席しているカウンターの上のウィスキーボトルの水面は小刻みにゆらぐ。演奏に関しては、お世辞にもうまいとは言えないが、やりきる姿勢はベテランである。歌い終わると短く「ありがとうございました、ごゆっくりお過ごしください」とMCを言い、隙間なくリモコンでCDを再生させる。30年続けた作法なのだろうか、一連の流れには無駄がない。

店内の様子

だんだん落ち着いて店内を見渡すと、随所にこだわりの小物が散りばめられている。

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私もだんだんお店のシステムと客層が分かってきた。店内には古い3姉妹ヴォーカル・グループ:マクガイア シスターズが店内に流れている。

お客さんは私を除いてテーブルに8人座っている。一人はボトルキープしており、写真集を開いて必至にメモを取っている年配の男性だ。私のすぐ後ろでは、コーヒーを飲みながらひたすら楽譜の整理をしている中年の女性がいる。

なんとなく気になって入店したと話す若い女性2人組の姿もある。最後はピアノのすぐ後ろに、常連客の近所の家族と友人だろうか品のある4人の年配の男女4人が座っている。

結構人気があるようだ。しばらくすると、会社帰りの後輩を引き連れた3人組や、常連の男性がちらほらとやってくる。気がつけば席の半分近くが埋まっている。

マスターは一人で切り盛りをしており、料理が注文されると、奥の調理場へ消え、演奏が始まると注文ができなくなってしまう。なんともクセのある環境だが、お客さんはこの不便な環境には慣れっこのようだ。

外の景色を見ると、夜でも街路樹が綺麗に見ることができる。12%e6%99%af%e8%89%b2

ロケーションはかなり良い。短時間だが、昼にも営業しており、自慢のうどんが提供される。

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Facebook武蔵野倶楽部公式サイトより

このうどんはバータイムでも注文が可能だ。締めにうどんを注文するお客さんがいた。店内にダシの香りが広がるバーは初めてだったが、やはり鼻腔がくすぐられ、うっかり注文しそうになる。

マスターとの会話

だんだん注文が落ち着いてきた時、唯一カウンターに座っていた私はマスターと一番距離が近かった。寡黙そうなマスターだったが、気を使ってくれたのかよく話しかけてくれた。

「初めてきたのかい?」「ジャズは聞くの?」と切り出す。吉祥寺には小学生時代から20年住んでいて、しかもジャズが好きで、最近は野口伊織のお店を全部歩き回っていると説明した。

マスターにとっては予想を超えた解答だったようで、やや興奮気味に「野口さんはね、昔このお店でサックスを吹いたりしてたんだよ」と言う。野口氏が亡くなってから結構経つが、まさかここでそんな繋がりがあったとは思いもしなかった。

今度は私から、お店に来る途中で見つけた「Greed Dolphin St」と「もんくすふーず」について聞いた。マスターは当然知っていた。ネーミングは適当ではなく、しっかりと吟味した上でジャズから引用されたと聞いて安心した。去り際に年齢を聞かれ、30ですと答える。すると「ここのお店も丁度30年やってる」と言い、握手を交わす。またお邪魔しますと言って店をでた。

吉祥寺の変化

吉祥寺にどっぷりと浸かっているエッセイスト(ジャーナリスト)井形慶子さんの本を読むと、共感することが多い。2015年発売された『東京吉祥寺 田舎暮らし』を読んでいると、店名を出さない書き方をしているのに、「あのお店かな?この著者、よく知ってるな」と思わせられる。吉祥寺民を「村人」と呼んで話しを進める本だが、井形さんが危惧していることは、最近の吉祥寺の変化である。

具体的に言えば、吉祥寺の消費者の形態が大きく変化しているのだ。個人経営店もまだまだ頑張ってはいるが、やはりサンロードや中道通りのファストブランド化・テナントの入れ替わり方は異常である。土地代も高く、手を出せないからか、一等地のはずなのにずっと空きテナントの場所も多い。昔営業していた姿を見ているだけに、余計目についてしまうのだ。

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サンロードを抜けた突き当りにある料亭「いけす」は一体いつ取り壊されるのだろうか。

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吉祥寺南口の洋菓子「ボア」の看板も生々しく残されている。

きっと色々な事情はあるのだろう。新しいお店が開店しても、吉祥寺民側があまり受け入れる心を持ち合わせていないことも多い。武蔵野倶楽部の様に、マスターと濃厚な話しができるのは、吉祥寺の老舗ならではだろう。変わりゆく街に、オアシスの如く変わらない店を住民は追い求めている。

あと20年後の吉祥寺を想像すると少し寂しい気持ちになる。だからこそ、今の吉祥寺を切り取ってここに書き残していきたい。

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