DAY4 初めての食事

病院の朝は早い

6:30

起床するが、それはトイレに行く為だ。相変わらず650mlと多めの尿。病院の朝は早いが、当然起きている必要は無い。うとうとしていると、9:30頃に担当医がやってきた。私は水の許可が出てから1ℓ分のペットボトル水を飲んでいた。それをみて、担当はこの様子なら大丈夫そうだと安心していた。昼から流動食が開始される。

流動食の開始

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言われた通り、昼から食事が始まった。入院してから2日半ぶりの食事だ。だが、病み上がりにはちょっと多い量だった。左手にあったのは、ほんのり甘いきな粉がかかった卵プリンのような、胡麻豆腐のようなものだった。名前は豆乳花と言うらしい。これがとてもありがたかった。どうも体は糖分を欲していた。後に右手のあんかけが細々にみじん切りされたものを完食する。おかゆとみそ汁は残してしまった。

とにかくゆっくり食べることに集中した。30分かけて食べることを目標にした。お腹は見事にぐわんぐわん動く。傷の所に到達すると少し回転しているような感覚があり、痛む。残したが、かなりの満腹感だ。

しかし17:45にお腹が大きく2回鳴った。

夕食は18時頃

まさかお腹が鳴るとは思わず、内心は少し喜んでいた。復活の兆しが見えたからだ。夕食は驚いたことに、ほぐされた焼き魚がでてきた。残念ながら食前の写真を撮り損ねてしまっており、食べた後の写真を掲載する。

3-3

キュウリの酢の物は刺激が強く、手がつけられなかった。おかゆもふりかけの力を借りて、昼より食べることができた。確実に回復感がある。翌日は完食することを目標にした。

常用点滴が外される

食事も始まり、夜には常に流されていた点滴が外されることになった。1日に3回の抗生物質は引き続き投与される。驚いたことに、点滴は根元を残して着脱することができるらしい。日々発見である。

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針は体に刺したまま、途中にある白いプラスチックが弁の役割を果たしているようだ。投与が終わると生理食塩水の様なものを太めの注射器口からこの先端にびゅーっと流し込む。これは痛みを伴わなず、むしろ気持ちがよいレベルに達していた。流し込んだ後に、例の白い弁をパチッと鳴らすと逆流防止になるように見えた。無防備に見えるが、これでしっかり固定されている。

話は少し前にさかのぼるが、15時頃に面会を予定していなかった母親がやってきた。手には自己負担限度額の書類があった。電話をした翌日に書類が届き、急いで持ってきてくれたようだ。この書類に自分の保険証の番号を埋めて、また母親に投函してもらった。また、12月5日までに提出しなくてはならない年末調整の金額が知りたかったのでこれも頼んでおいていたのだ。生命保険料控除証明書ごと持ってきてもらい、金額を取り急ぎ総務にも伝え、出来るところまで処理を進めてもらうことができた。いざという時はやはり実家は強い。

夜に目が覚める

夕食後は何度か寝てしまった。その度にひどい寝汗をかく。まだ熱は37℃台をうろうろしている。しかし体力は少しずつ回復している。22時頃についテレビを見てしまうと、なかなか止まらなくなってしまった。これはいけないと思い23時過ぎには消したが、なかなか寝付けず横になる。最終的に寝たのは25時頃だったかと思う。

だが26時頃にまた点滴を打ちに看護婦がやってきた。点滴は大体1時間から1時間半で終わり、看護婦が回収にやってくる。27時半頃に回収され、また目をさます。この繰り返しがあと3日半続く。

ありがたいことに、この時間周期は翌日から少しずれることになる。朝6時、午後2時、夜10時の3回に点滴の時間はずらされた。食事とかぶらない絶妙に時間となっている。しかし今度は眠気との戦いが続く。

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