よりみち散歩 #19 続・ジャズの街 吉祥寺

吉祥寺に野口伊織という男あり

吉祥寺をジャズの街にした中心人物がいることがわかった。それは野口伊織という男である。

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出典: 野口伊織記念館より

吉祥寺はいつからか”ジャズの街”と呼ばれるようになったが、それはこの人の努力がなくしてはなし得なかった。惜しくも2001年4月に脳腫瘍の為若くして亡くなってしまった(享年58歳)が、彼がどれだけ紳士であり前衛的でありファンキーな人間だったかはこの本を読めば伝わってくる。sanpo#19-4

また、野口氏の死は2001年6月号のスイングジャーナル誌や読売新聞(2003年3月4日の記事)でも取り上げられたりと、影響力の大きさを物語っている。詳細は全ての野口伊織記念館というメモリアルサイトに記載されている。かつては今の吉祥寺PARCOビルにジャズ喫茶 FUNKYを店を構えていたが、PARCOビルの建設に伴い現在はPARCOの北隣りに店を移転している。

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吉祥寺通りのすぐ横で、比較的静かな通りである

ジャズ喫茶を吉祥寺で盛り上げたのはみんな野口氏に憧れたからだとも先程の本に書いてある。商売敵なのに対談はどれも楽しそうで(でも意見はほとんど噛み合わない)、それはそれぞれリスペクトしあっている関係だからであろう。ここで吉祥寺に多くある野口伊織氏のジャズに関するお店を紹介して行こう。

Bar&KITCHEN Funkyについて

オーディオについて

ここに店を構えてからは所謂おしゃべり禁止のジャズ喫茶ではなく、大衆音楽としてのジャズバーに切り替えている。聞かせるお店より、客のニーズに合わせたとのことである。1階はバーカウンターになっているが、真髄は2階にある巨大なJBLスピーカーパラゴン(正式名称はD44000)である。製造時期によって異なるが、価格は最大350万円もする怪物だ。開店後すぐに訪れ、店員に許可をいただいて写真を取らせて頂いた。

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マウスを重ねると輪郭が少し分かりやすくなる

2階のカウンターの前にあるが、インテリアの色が統一されており一見するとどこにスピーカーがあるのか分からない。スピーカーの中央には管球式パワーアンプのMcIntosh275が置いてある。

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4つの大ぶりの真空管はメッシュケースに守られている

音に関してはマニアの厳しい意見もあれば、圧倒的な音圧に酔いしれる意見もあるので一概には言えない。今日ここで流れていた音楽はCDのインディア・アリーのBrown Skinであったが、いい低音が響いていたことは間違いない。

ボンボンとキックとベースの音が巨大な木の筐体を通して柔らかく震わせていた。BGMとしては必要以上に機能しているだろう。

眠れるレコード達

カウンターの奥にはレコードが飾られてある。Next Analog Funkyと題して月に一回第三火曜日にアナログレコードをかけてくれるそうだ。

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CDでも問題無く楽しめる音響システムである。

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このCDプレイヤーの下にレコードプレイヤーが配置されている。レコードを目当てにする客はやはり多いようだ。さて、肝心のレコードはどこかというと3階に置いてある。

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ここには6000枚以上のレコード達が眠っている。実は3階にも客席はあり、混雑時にはお客さんを通している。私も何度か3階に上がったことがあるが、パラゴンの音が丁度良くマイルドに聞こえて居心地も悪くない。

料理とお酒

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店内にはジャズをテーマにした絵画が飾られており、料理は洋食に特化している。テーブルには蝋燭が灯され一人で来ても、友人と来ても、あるいは大切なパートナーと訪れても良いだろう。パスタは780円から、ピザは850円からとなっており比較的リーズナブルだ。sanpo#19-17

馬肉カルパッチョや子羊のスパイス焼きなどの変わり種もあり、メニューはかなり充実している。ジャズを抜きにしても、吉祥寺と言えばこのお店は是非抑えて置きたいところである。

OUT BACKについて

野口氏が経営していたお店は今でも多く残されている。今回はスピーカーつながりでバーのOUT BACKもご紹介しよう。

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こちらは吉祥寺通りを渡ってFunkyの比較的近くにお店がある。

青い壁が印象的な階段を降りていく。

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地下2階まで階段を降りる

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シングルモルトGlendronachとシガーRomeo y Julieta

店内に入ると女性店員が待っていた。カクテルとワインとウィスキーが充実していたが、扉を空けるとシガーのヒュミドール(湿度を管理してシガーを保管するケース)が目にとまった。ハバナのロメオ Y ジュリエッタとシングルモルトのグレンドロナックを注文し、ゆったりと時間を過ごす。

あまり知られていないが、シガーはタバコ事業法で定価制となっている。基本的にはタバコ屋で買おうが、バーで頼もうが全国一律の価格で取引されている。シガーに興味があれば遠慮せず価格と味の好みをバーテンダーと相談するのが良いだろう。一定期間ヒュミドールで保管され、熟成されたシガーはバーで頂くのが一番の楽しみ方である。また、シガーには穴の開け方にも何通りかあるが、これも分からないうちはマスターに任せるべきである。

さて、こちらの店内は往年のスタンダードジャズが流れていた。お店にゆとりができ、女性バーテンダーと話すと、どうやら今月で営業30周年記念なのだそうだ。野口氏のお店を回っている旨を説明すると迷惑にならない範囲で写真を撮らせてくれた。

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お祝いの胡蝶蘭とシーメンスのスピーカー

元々は劇場用の2ウェイホーンスピーカーであったSiemens EURODYN(シーメンス オイロダイン)が店内に配置されている。こちらもクラシックやジャズに相性が良いドイツ製の高級ビンテージスピーカーである。バーカウンターが店内の中央に丸く設置されている構造上、客はスピーカーの中央で音を聞くことは難しい。しかし十分な音量で再生されているため満足感は高い。

面白いことに、お店の構造が少しだけFunkyに似ているのは偶然ではないだろう。ここでも使われていないフロアがある。ここの地下1階にも無人の客席があるのだ。テーブルも見えるが、現在はワインセラーとなっている。

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上を向くと地下1階の空間が広がっている

秘密基地の様な遊び心の溢れる店内は各店舗に通じるものがある。勝手な推理だが、デザインとしての”丸み”が好きだったのではないかと思う。次に紹介するジャズに特化したライブハウスSometimeも客がプレイヤーを囲む設計となっており、そこにも”丸み”を垣間見ることができる。

Sometimeについて

ジャズの醍醐味と言えばやはり至近距離で聞けるマイクを通さない生演奏である。BlueNoteやCottonClubは立派なライブハウスだが、生音で聞けるサイズが昔の録音音源とあいまって、ジャズリスナーとしては耳に馴染んでいる。

お店はサンロードの中央付近に位置し、地下1階に店を構える。ここ、Sometimeはグランドピアノがお店のど真ん中に配置されている。

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クリスマス時期にはイルミネーションが明け方まで灯される

Sometimeは演奏者が店のど真ん中に集まり、360度の客に見られながら演奏をする。一般的なステージの概念では考えられない構造を持つ。この配置により、客とプレイヤーの距離はぐっと近づく構造となる。

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私の師匠(一方的)である高橋徹(Drum)の坊主トリオ

私が学生時代だった頃はローディー(坊や)をしており、Sometimeには何度も通った。ドラムをやっていた私は師匠のドラムを積み下ろし、組み立て、時にはチューニングを任された時は緊張したものであった。思えばこの頃から私はどっぷり吉祥寺のジャズに魅せられていたのである。

ここで、とある日のSometimeの小話をしよう。

ジャズプレイヤーはオープン2,3時間前のSometimeに集まり、セッティングをする。そして選曲整理をして、何回か部分練習をする。その後にSometimeの厨房(入口のすぐ前)からまかないが届けられる。サラダにしっかりとしたおかず。そして何も特別ではないのに、卵かけご飯がなんとも美味しそうだった。しっかり栄養補給をしたプレイヤーの横で、私はコーヒーを師匠から恵んでもらう。そこでは最近のジャズシーンの話が聞ける番貴重な場所でもあった。演奏は基本的に邪魔にならない場所で聞くことになり、この時は奥の中2階席の下の階段の隙間から聞いていた。もちろん私はタダ聞きである。まだ酒の味も覚えていなかった私には、コーヒー1杯が丁度よい量だった。1stステージが終わると奥の空き席にプレイヤーが戻る。しかし、ファン(客)にとってはプレイヤーと話ができる貴重な時間でもあり、人気プレイヤーはプレゼントをもらったり世間話をしたりと休むスキも無い。手短に2ndステージの摺り合わせをすると2ndステージが始まる。2ndステージが終わるとお客さんは会計を済ませ、段階的にホールは空いてゆく。頃合いを見て、私はドラムをたたみ始め、次々と地上へ運んでいく。ジャズドラムは比較的小さいので、プレイヤー自身が車で運搬し持ち込むケースは多い。むしろ、ジャズハウスにドラムが無いことも珍しいことではないのである。別れ際に私はお駄賃(電車代)として500円玉を握らされて解散となるが、私は師匠を見送り、こっそりと歩いて帰路につくのであった。

昼間もライブ演奏があり、夜に比べ安く(1000円から)なっている。コーヒーと生演奏を昼下がりで聞けるお店はそうそう無いので貴重な場所である。

今も生き続けるお店たち

今まで紹介してきたお店は 株式会社 麦 のグループに所属している。さとうの肉屋より少し駅側にあるケーキ屋LEMON DROPや、井の頭公園入口にある金の猿diskunion吉祥寺ジャズ館の隣地下にあるOLD CROWも同じグループ会社である。吉祥寺によく訪れる人であれば、きっと一度は見たことはあるだろう。

これらのお店のルーツは野口伊織氏の父親が営んでいた純喫茶から始まった。ここにジャズを流すと流行るんじゃないか?というアイデアから吉祥寺にジャズの波が押し寄せてきたという。当時の野口伊織氏はまだ高校生だったから驚きである。

今も生き続けるこれらのお店はどれも老舗の領域に入っている吉祥寺の顔である。これらの背景を知っていれば、更に吉祥寺を楽しむことができるだろう。

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